異なる文化を理解すること....これは今回の留学の大きなテーマの一つであり、また時間を追うごとに難しいと感じている要素だ。これは単に宗教がどうとか行事の違い、自己主張の度合いといった目に見えるものというよりは、そこに住む人の行動の元となる考え方や深層心理、社会的背景についての相互理解である。こうしたものは分析そのものが難しいばかりでなく、自文化ですら他人から違いを指摘され初めて認識するものも多い。こうした要素について理解し、また自分のアイデンティティーを他人に理解させるほど骨の折れる作業は無い。
親しくしてもらっているアメリカ人と、最後の挨拶がてらサンフランシスコの名所巡りと食事で半日過ごした。元々日本には興味があるが、時間を追うごとに受ける質問が凄みを増し、真剣議論に発展することが多くなった。その中には必ずしも日本人の自分から見て正しい認識とは言えないものも多数あったが、何より「親日家」の彼ですらこのように感じているということは、多数のアメリカ人の日本に対する違和感はとてつも無いのであろう。
いくつか受けた質問のうち興味深いものと自分の反論(?)は以下の通り。
「何故日本人女性は、他人との食事やお茶の際、政治や芸術、教養全般についての話題を避け、「うわべだけの話」をしたがるのか?」
別に女性に限った話では無い。本当に親しい間柄の男性間でも、通常酒の席では四六時中そうした「重い」話題に興じることは少ない。政治の話は出ないことはないが、むしろそうした真剣な議論と、流行の軽い話題とのバランスが重要だと見なされる。
そういう中で、日本は(幸か不幸か)他の国と比べ女性の社会進出度が低い。これは国民の間で富の分配がうまくいっており、他のアジア諸国のように「高騰する生活費を賄うための手段」を講じる必要性も小さいことも影響しており、必ずしも悪いことではないと思う。社会進出の必要性が無い中で、女性の日々の関心が家庭に向かうのは自然ではないか。(当然、日本には意欲があり優秀で、社会で活躍している女性も多い。ここでは他国、特にアメリカとの比較の話。。物事を一般化、抽象化するのは非常に危険だが)
一方、アメリカでは人々の貧富の格差が大きく、特にビジネスにおいては政治や芸術、ワインなど「高い教養のある人にしか出来ない話題」で差別化しようとする。そうした社会に女性が大きく進出しており、必然的に男女ともそのような話題を日常的に口にするようになる。
「何故日本人はホームレスに金をあげないのか」
多分アメリカ人の中にキリスト教による慈悲の心理が浸透しているのだと思う。日本で西洋諸国によるキリスト教布教のチャンスが何度かあったにも関わらず、一般民衆に広く浸透しなかった理由の一つとして、多民族から支配された歴史が無いため、日本国民を支配する際の共通イデオロギーそのものが必要なかったこともあろう。
「日本料理はたまに食べるには美味しいが、塩辛いものやしつこいものが多く、毎日食べるのは苦痛だ!」
我々日本人が、西洋料理に触れた際に口にする感想と全く同じであることがとても興味深い。日本食はさっぱりしていると思っていたが、考えてみると実は漬物、味噌汁、から揚げなど塩気のある食べ物は多い。結局、慣れない料理について塩辛さや甘さ、脂っこさが目立って感じる錯覚なのではないか。
他にも沢山の疑問をぶつけられたが、正直100%彼を説得出来たとは思わない。ただ、異文化に接するだけではなく、深く理解することの難しさと、自分自身も相手国を誤って解釈している危険性を認識するには十分だった。
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