クロアチア・モンテネグロ旅行⑤(モンテネグロ)
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ドブロブニクはアドリア海沿いの街。旧市街は城壁に囲まれ中は迷路のように入り組んだ形になっている。また周囲にビーチも多い。
今でこそヨーロッパ人に有名なリゾート地だが、クロアチア独立戦争の激戦地区。学生時代にニュースで、空爆であちこちから黒い煙があがっているドブロブニクを見たのが最初だった。
実際にスルジ山という裏山には戦争前、市街地からロープウェーで登ることができたが、ユーゴ軍の空爆によって破壊され、その廃墟は生々しく残っている。我々も2時間半かけて山を自力で登った。廃墟は戦争に使われた武器やビデオ、説明書きが無料展示してあって、クロアチア側から見た戦争の位置付けを知るにはちょうど良かった。
旧市街の中はテーマパークのような独特な雰囲気。日曜にはクリスマスのイベントがあったが、地元のボランティアらしい人達が仮装して子供達にプレゼントのお菓子を配っていた。ガリガリのサンタさんやおばあちゃんの妖精など、手作り感があって良い感じだった。
よく聞かれた「ボージッチ!」という言葉は「クリスマス」の意味らしい。
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特段のツアーは無く、ザグレブから出ている長距離バスに乗り、途中で降りて行く。帰りも途中で拾う。
雪。後から聞いた話によると、2日前まで全く積雪は無かったというから、まさに降り積もったばかりの状態。凍えながらの雪山ハイキングであったが、湖や滝は凍っていなかった。やはり辿り着いてみた雪景色の中の滝は圧巻。苦労した者のみが救われる仕組みなのだ。途中、2度だけ比較的新しそうな足跡を見たくらいで、実際に人とすれ違うことは一度も無かった。
帰りのバスは便数が少なく、日が暮れるにつれて気温が低下していくのに待合室のようなものも無く、外で待機していなくてはならなかった。バスはそれなりのスピードを上げて近づくので、すかさず目立つように手を挙げて止まってもらうのだが、一本目を逃した後ようやく2本目で車内に乗り込んだときは助かったと思った。
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金融危機でボロボロの(?)身体を癒すため、休暇を利用してクロアチアとモンテネグロへ。
①旅行のタイミング
夏は欧州人達のリゾート地として賑わうが、今はオフシーズン。それでもこの時期にしか味わえない雪景色などは貴重な体験だった。
②人と戦争
現地で出会った人達とのサッカーや政治、民族問題などの話も興味深かった。彼らはこちらが聞くまでも無く戦争の話をしてくる。飛行機で隣に座ったボスニア人の学校教師曰く「私達の祖国は治安面で問題ないし、自然や人のホスピタリティ等、あなた達を挽きつける要素はたくさんある。でも政治的に弱い(国内の政治体制が2つに分裂している)。宗教や言葉などの違いで争っている場合ではなく、経済成長に注力して一刻も早く戦争の疲弊から復興して欲しい」という切実な言葉も。そのボスニアには未だEUによる連合部隊(EUFOR)が展開している。
関係ないが、皆結構背が高い。あと地中海的な場所にある割には、適当さが無い気がした。
③治安と食べ物
10数年前まで戦争をしていた国とも思えないほど治安は良いし、街並みは綺麗。料理のお味については、海沿いはイタリアに近く、内陸のザグレブではオーストリアに近い。
④言葉
片言の英語なら大体通じる。公用語のクロアチア語はセルビア語と殆ど同じで、違いは少々の語彙と文字位らしい。同じスラブ系のチェコやポーランド語に近い。例えば「こんにちは」はクロアチア語で「ドーバル・ダン」、チェコ語で「ドブリー・デン」。似ている?
⑤国土
オーストリアの下にスロベニアがあって、さらにその下に位置する。逆V字のような形をしていて、西側のアドリア海沿いと内陸に伸びるいびつな形。Vに挟まれた場所には激しく紛争していたボスニアが、内陸側の東側にはセルビアが位置している。20kmほど海岸をボスニアに分断され、ドブロブニクは「飛び地」のようになっている。
有名なスポーツ選手の半分以上がさほど規模の大きくない海岸線上のスプリットという街出身だが、その理由は「わからない」(クロアチア人談)。
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